一般社団法人 日本整形内科学研究会

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第8回JNOS学術集会・第6回日本ファシア会議 抄録

第8回学術集会・第6回日本ファシア会議に関する情報はこちら。

Contents

【シンポジウム】 「プロ野球における多職種連携」プロ野球選手に対するアプローチ ~私はこう診てこう治す~

[会長講演] 2013年 東北楽天リーグ優勝・日本シリーズ制覇への軌跡 (田中 稔)

【タイトル】2013年 東北楽天リーグ優勝・日本シリーズ制覇への軌跡
【演者】田中 稔
【所属】JNOS会長・理事、仙台たなか整形外科スポーツクリニック 院長
【抄録】

私は2009年から東北楽天イーグルスのチームドクターとして、コンディショニングチームのトレーナー(鍼灸師)や理学療法士と共に選手のサポートをしてきた経験から、プロ野球選手の治療、コンディショニング維持、障害の予防に対する多職種連携の重要性を実感しています。

震災後の2013年、「被災地の人達に勇気と感動を与える」ために戦った東北楽天イーグルスはリーグ優勝、日本シリーズ制覇を成し遂げますが、そこにはコンディショニングチームの活躍が不可欠でした。

シンポジウムでは、プロ野球選手の治療に携わる現役の東北楽天イーグルスのトレーナーと理学療法士に選手に対する治療の考え方や実際の手技について、また元プロ野球選手には楽天日本一に貢献し実際に治療を受けた経験から、どのような施術が有効であったかなどについて選手の立場から講演していただきます。その後多職種連携の重要性と治療のポイントなどについて総合討論を行い、今後の診療に役立つ情報を提供します。

[講演]東北楽天ゴールデンイーグルスにおける多職種連携および1軍選手の評価・アプローチについて (原添 一徳)

【タイトル】東北楽天ゴールデンイーグルスにおける多職種連携および1軍選手の評価・アプローチについて
【演者】原添 一徳
【所属】楽天イーグルス一軍トレーナーリーダー
【抄録】

プロ野球球団においては、レギュラーシーズン(143試合)を通して選手が高いパフォーマンスを維持するために、継続的なコンディショニング管理が極めて重要である。

具体的には、定期的なメディカルチェックやデイリーでのフィジカルチェック、試合出場へ向けてのコントロール、運動量データ等を基盤とした日々の状態管理を実施している。また、コンディショニングチーム内での定期的なカンファレンスを通じて、選手の身体状態の把握とパフォーマンス維持・向上を図っている。

本発表では、シーズンを通じて選手が戦い抜くための評価体制やアプローチ方法、さらにコンディショニングスタッフ、チームドクター、コーチングスタッフ等との多職種連携の取り組みについて報告する。

[講演]東北楽天ゴールデンイーグルスによる現場での対応と評価 −二軍におけるアプローチ方法− (山﨑 仁嗣)

【タイトル】東北楽天ゴールデンイーグルスによる現場での対応と評価 −二軍におけるアプローチ方法−
【演者】山﨑 仁嗣
【所属】楽天イーグルス 二軍 トレーナーチーフ
【抄録】

二軍全体としては、一軍待機の選手・若手強化選手・リハビリ選手とある。試合出場の強度等は一軍待機選手と若手強化選手とで違いがある。若手強化選手は残留での強化とイニング数、打席数での管理もあり、育成部との連携もある。

リハビリ選手は術直後の選手と術後からの試合復帰目前の選手・リコンディショニング選手の対応があり、S & C(ストレングス&コンディショニング)との連携も求められる。また、受傷・術後に対する経過診察の随伴もあり、チームドクターや各専門部位に対する整形外科医とも連携する事もある。

二軍といっても、選手のステータスが違う部分が多い為、特に多職種との連携が必要になる。また、その際の現場での対応と治療・評価も一軍とは異なる所もある。

本発表では当球団の二軍(リハビリ含む)おける流れ・治療・評価の対応について報告する。

[講演]選手とドクターおよびトレーナーとの関りについて (戸村 健次)

【タイトル】選手とドクターおよびトレーナーとの関りについて
【演者】戸村 健次
【所属】ネクストベース(2009年ドラフト1位指名 元東北楽天イーグルス投手)
【抄録】

プロ野球選手は週6日の稼働とおよそ7か月の間に140試合を戦うためのフィジカルが求められる。

タイトなスケジュールと不規則な生活の中でコンディションの維持とケガの予防はプロ野球選手としての生活を維持するために非常に重要なファクターとなる。

しかし十分な準備があってもケガのリスクは高い。

大前提として、選手は医学的知見や専門知識を有していないため、身体のマネジメント含め、受傷後の治療方針においてもドクターとトレーナーの判断に頼らざるを得ない。

1シーズンを戦うことはもちろんのこと、リハビリにおいても選手は大きな精神的ストレスを伴うため、選手とドクター/トレーナー間の信頼関係の構築、およびコミュニケーションは非常に重要だと考える。

本発表では、上記について選手の主観的な観点と経験則に基づく考えを述べるものとする。

【一般演題

慢性疲労症候群・コロナ後遺症等のマクロ病態仮説および、「コリ物質流し」施術について(久保 恵子)

【タイトル】慢性疲労症候群・コロナ後遺症等のマクロ病態仮説および、「コリ物質流し」施術について
【演者】久保 恵子1) 2)、中村真悠子2)
【所属】合同会社幕張産業医オフィス1)、合同会社HSG R&R2)
【抄録】

発表者は臨床研修後産業医として従事してきたが、2021年に長男がコロナワクチン後遺症となり治療法を模索する過程で、慢性疼痛等の改善にいくつかのエビデンスを有する「かっさ」に着目した。講習受講を経て2023年8月よりコロナ後遺症等の患者に施術活動を開始した。
同年11月、後頭部から頸部方向へ流す施術を行った際、患者が「ブレインフォグが首から下に流れ、急に頭がクリアになった」と述べた。これを機に、身体の臓器や組織のない「隙間」、つまりファシアが存在する箇所に物質が滞留して、症状を引き起こす可能性があると仮説を立てた。隙間を流すと症状が改善することに、再現性も認められた。この滞留物質を「コリ物質」と呼称する。ただしコリ物質のみでコロナ後遺症等の全貌を説明することはできないと考える。

施術方法の見直しを重ね、「コリ物質流し」として一旦確立している。現在は、テラヘルツドライヤーと徒手を併用し、全身のコリ物質を腹部に集め、最後に腹部をほぐし排泄を促す施術を行っている。ドライヤー導入後、約9割の患者が効果を自覚している。テラヘルツ波については、理化学研究所らによりタンパク質断片化作用1)が、また産総研によりタンパク質表面の水和促進作用2)が報告されており、本施術効果の一因と推定される。

刺絡で抽出されるゲル状の血液様物質はコリ物質に相当すると考える。また、EAT療法は上咽頭に滞留したコリ物質を除去することで、圧迫の解除や迷走神経機能改善等をもたらす可能性があると考えている。さらに、コリ物質流しで到達困難な部位にはハイドロリリースや鍼治療等を併用することで、治療効果の増強が期待できると推定している。

コリ物質流しはコロナ後遺症等のみならず、これまで「原因不明」「心因性」とされた症状を改善させる可能性がある。今後、コリ物質の発生源が解明されれば、コロナ後遺症や慢性疾患の病態解明に新たな展望を開くと考える。

なお、コリ物質に係る病態仮説やセルフケア方法等を流布したく、共同研究者で慢性疲労症候群患者の中村と合同会社HSG R&R(Hematic Stiff Gelsis Remove and Recovery)を設立し、今後活動予定である。

整形外科への紹介により膝半月板手術前後の治療院での治療にて登山がかなった症例(伊藤 雄)

【タイトル】整形外科への紹介により膝半月板手術前後の治療院での治療にて登山がかなった症例
【演者】〇伊藤雄  銭田良博
【所属】株式会社ゼニタ 銭田治療院千種駅前
【抄録】

70代男性。1年間にわたり左膝外側部痛およびロッキング症状が持続し、近医整形外科にて保存療法を受けるも改善を認めず、当院を来院した。整形内科学的評価および超音波評価によりレッドフラッグが疑われたため、速やかに整形外科へ紹介した。その結果、左膝半月板バケツ柄断裂と診断され、手術適応となった。

術後はリハビリテーションを実施したが、可動域制限が残存し改善に難渋したため、術後3か月の時点で当院を再来院した。再来院時の初回評価での膝ROMは、膝関節屈曲130°、伸展-10°で、外側広筋と大腿二頭筋の間のFasciaに疼痛がみられた。外側広筋と大腿二頭筋間のFasciaに、大腿骨まで当たるように2cmの深さで置鍼を10分して鍼治療を実施した。初回の治療から、大腿四頭筋セッティングの運動療法を、疼痛が消失した時点でレッドコードセラピーの運動療法を併用した。その結果、1回の施術で膝関節屈曲可動域の改善、5回の施術で疼痛の消失と全可動域の改善が得られ、術後1年で目標としていた登山への復帰を果たした。

本症例は、手術後に可動域の獲得が困難な半月板損傷例に対し、鍼治療が有効な治療法となりうる可能性を示唆するものである。今後、術後リハビリテーション過程における鍼治療の有用性について、さらなる検討が期待される。

スローイング動作における肘外反時の関節開大と小指対立筋機能との関係 (嶋田 祥磨)

【タイトル】スローイング動作における肘外反時の関節開大と小指対立筋機能との関係
【演者】嶋田 祥磨
【所属】株式会社ゼニタ 銭田治療院千種駅前
【抄録】

【目的】 投球動作における肘内側側副靱帯(MCL)損傷は、外反ストレスに対する動的安定性の低下が一因とされる。手内筋、特に小指対立筋(ODM)は遠位からの肘安定化に寄与する可能性がある。本研究では、肘内側裂隙の開大量を安静時・外反ストレス時・小指対立動作時に計測し、各条件間の関連を検討した。

【方法】 健常または肘痛既往のある野球選手29名を対象とした。超音波装置を用い、肘屈曲90°位での内側裂隙距離を、①安静時、②外反ストレス負荷時、③小指対立動作時にそれぞれ測定した。各条件間の関連性をPearson相関係数で解析した。

【結果】 3条件の開大差の相関係数は、安静–ストレスでr=0.982(p<0.001)、安静–対立でr=0.985(p<0.001)、ストレス–対立でr=0.991(p<0.001)であり、いずれも極めて強い正の相関を示した。

【考察】 安静・外反ストレス・対立動作の各条件間で肘裂隙の挙動がほぼ一致したことから、対立動作による肘内側安定化の一因になる可能性が示唆された。一方で、個体差や筋機能の影響を検討することで、ODMなど手内筋群による遠位からの動的支持機構をより詳細に評価できると考えられる。

【結論】 肘内側裂隙の開大挙動は3条件間で極めて強い相関を示し、肘安定性の制御には共通の力学的要素が関与している可能性がある。

超音波検査を用いた2 型糖尿病患者の腓腹筋 Myofascia の計測と特徴に関する検討 (廣田 悠祐)

【タイトル】超音波検査を用いた2 型糖尿病患者の腓腹筋 Myofascia の計測と特徴に関する検討
【演者】○廣田 悠祐1)、天川 淑宏1)、粟根 尚子1)、寺本 由美子2)、中山 亮3)、藤原 邦夫1)、中村 豊2)、高村 宏2)、松下 隆哉1)
【所属】東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌代謝内科1)、医療法人社団高村内科クリニック2)、医療法人財団きよせ旭が丘記念病院
【抄録】

【背景と目的】糖尿病を有する患者に運動療法の指導を行う際,事前に運動器疾患の有無や運動器の状態を確認することは重要である。運動器疾患の診断や治療方針が明確である場合はその限りでないが,運動器由来の症状を有するものの,診断には至らない症例や画像検査で病変を検出することが難しい症例は少なくない。今回我々は,運動器の軟部組織であり,終末糖化産物(AGEs)との関連性が報告されている筋膜に注目し,2型糖尿病を有する患者における筋膜の測定や特徴について調べた。

【方法】2023年12月から2024年7月にかけて,糖尿病専門クリニックに通院中の2型糖尿病患者32名(男性7名,女性25名,平均年齢66.5±6.6歳)を対象に横断研究を実施した。超音波検査により腓腹筋筋膜厚(FTM)を測定し,1.00 mm未満(A群),1.00-1.20 mm未満(B群),1.20 mm以上(C群)の3群に分類した。尚,本邦における糖尿病患者の腓腹筋筋膜の測定に関する研究は乏しいため,測定方法については解剖学的なメルクマールを利用してマニュアル化し,術者を変更しても再現出来るようにした。また,各群における筋膜の厚さと糖尿病の検査や運動器症状との関連についても調べた。

【結果】下腿背部のAGEs値はA群(3.1±0.3)と比べてC群(3.7±0.2)で有意に高値を示した(p<0.001)。運動器痛の数はA群(1.3±0.5),B群(2.0±0.7),C群(2.6±0.5)の順で有意に増加した(A群 vs B群:p=0.031,A群 vs C群:p<0.001)。こむら返りの頻度(回/月)はA群(0.22±0.44),B群(0.76±1.19),C群(1.14±2.75)の順で増加の傾向を認めた(A群 vs B群:p=0.116,A群 vs C群:p=0.085)。尚,HbA1cや糖尿病罹病期間との関連性については有意差を認めなかった。

【考察】2型糖尿病患者において,腓腹筋筋膜の厚さは下腿背部のAGEs値や運動器痛の数と関連している可能性が示唆された。運動療法開始前後に超音波を用いて筋膜を評価することで,筋膜の経時的変化や運動器症状との関連性についての評価・検討,ひいては将来効果的な運動療法の指導に繋げられる可能性がある。

ランチョンセミナー】

ファシアメモリー仮説:超音波ガイド下ハイドロリリースによる組織記憶のリセット機構 (木村裕明)

【タイトル】ファシアメモリー仮説:超音波ガイド下ハイドロリリースによる組織記憶のリセット機構
【演者】木村裕明
【所属】医療法人ファシア研究会 木村ペインクリニック 院長
【抄録】

背景と目的:慢性筋骨格系疼痛の治療において、従来の対症療法では根本的な解決が困難な症例が多く存在する。本研究では、超音波技術の進歩により同定可能となった副筋部位(accessory muscles:主筋に加えて存在する解剖学的変異筋)の臨床的意義と、ハイドロリリースによる持続的な治療効果を説明する新しい理論的枠組みを提案する。本発表では「ファシアメモリー」という新概念を導入し、組織が病的状態を「記憶」するメカニズムとその「リセット」の可能性について考察する。

方法:本研究は理論的考察であり、超音波ガイド下ハイドロリリースの臨床観察と、メカノトランスダクション(機械的刺激が細胞内シグナルに変換される過程)およびエピジェネティック変化(DNA配列を変えずに遺伝子発現を制御する機構)に関する既存文献の系統的レビューに基づいている。特に、腋窩弓と二頭筋三頭筋での臨床経験を参考に、観察された治療効果の分子メカニズムを理論的に構築した。

理論構築:副筋部位は従来の触診では発見困難であったが、超音波技術により系統的な検索が可能となった。これらの部位は「筋膜交差部」「筋-腱移行部」「深部筋膜層」「神経周膜周囲のファシア」など、線維芽細胞密度が高く、メカノトランスダクションが活発な部位に多く、「記憶の局在部位」として機能すると考えられる。ハイドロリリースによる機械的刺激は、細胞表面の力学的センサー(インテグリン)から細胞内シグナル伝達分子(FAK)を経て、遺伝子発現を制御する転写因子(YAP/TAZ)を活性化する細胞内情報伝達経路を刺激し、DNAメチル化パターンの変化を通じて炎症遺伝子の抑制と修復遺伝子の活性化を引き起こす可能性がある。この「ファシアメモリーリセット」により、組織レベルでの病的な記憶が健康な記憶に書き換えられ、長期的な治療効果が実現される可能性を理論的に説明できる。

考察と展望:本仮説は現時点では理論的提案の段階にあり、今後の実証研究による検証が必要である。しかし、Arnsdorf et al.(2010)による機械的刺激がDNAメチル化を変化させるという実証研究や、我々の臨床観察など、複数の科学的知見と整合性がある。今後、基礎研究と臨床研究の両面からの検証を進め、個別化治療への展開や東洋医学(特に鍼治療)との理論的統合など、新たな治療パラダイムの構築を目指す。

結論:ファシアメモリー仮説は、診断技術革新と理論発展の統合により、慢性疼痛治療における新しいパラダイムを提示する。この理論は、対症療法から根本的な組織状態の修正への転換を可能にし、個別化医療の基盤を提供する可能性がある。

ーワード:ファシアメモリー、ハイドロリリース、副筋、メカノトランスダクション、DNAメチル化、エピジェネティクス

【教育講演

投球動作における肘内側部痛のピットフォール(小林 只)

【タイトル】投球動作における肘内側部痛のピットフォール
【演者】小林 只
【所属】弘前大学医学部附属病院総合診療部 学内講師、株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長
【抄録】

従来、投球動作に伴う肘内側部痛の原因として、骨(例:上腕骨内側上顆障害)、関節(例:関節炎、滑膜ヒダ浮腫)、靭帯(例:内側側副靱帯(UCL)損傷)が注目されてきた。近年、エコーガイド下ファシアハイドロリリース(US-FHR)の普及に伴い、肘部管の尺骨神経や斜角筋間の腕神経叢に対する治療が広まり、多くのスポーツ選手にとって福音となっている。 その一方で、これらのアプローチ(注射やリハビリテーションなどを含む)で効果が不十分な患者に対して、尺骨神経脱臼が認められる場合には尺骨神経移行術、難治性の胸郭出口症候群(TOS)に対しては第一肋骨切除術などが選択されることがある。しかし、これらの手術が必ずしも選手の症状改善に寄与するとは限らず、改善が見られないケースも少なくない。 今回では、肘内側部痛の診断と治療におけるピットフォールとして、①円回内筋部における正中神経分枝の関連痛、②C5神経根のOsteotomeとして関連痛、③内側側副靱帯炎および不全断裂に対するステロイドとプロロセラピーの併用療法、④尺骨神経内の神経束浮腫に対する評価と治療、⑤レッドフラッグとしての平山病(若年性一側上肢筋萎縮症:頸髄圧迫で亜急性進行するC7/Th1領域のしびれ・筋萎縮で前腕~小指の症状初発が多い)の鑑別診断などについて紹介する。

スポーツとコラーゲンの関係 (井上直樹)

【タイトル】スポーツとコラーゲンの関係
【演者】井上直樹
【所属】新田ゼラチン株式会社 総合研究所 バイオメディカル部
【抄録】

近年、健康寿命の増進により健康の自己管理が重要とされている。アスリートにおいても、セルフメディケーションの意識が高まり、栄養、睡眠に加え、健康食品やサプリメントを導入する選手が増えている。

コラーゲンは生体内で最も多く分布しているたんぱく質であり、結合組織として皮膚、血管、骨、軟骨、筋膜(ファシア)などを構成している。他方でその分解物であるコラーゲンペプチドが生理機能を有することが報告されており、細胞や組織の再構築に寄与することが示唆されている。

大学駅伝選手を対象にコラーゲンペプチドが怪我予防に与える影響を検証するため無作為割付プラセボ二重盲検法による臨床試験を実施した。膝関節の問診評価であるJKOMスコア(Japanese Knee Osteoarthritis Measure: 膝の機能や病状を反映する指標)の低減や血中炎症マーカーの減少を示した。これらの結果は、運動で酷使する膝の状態悪化を軽減させ、トレーニング後の1日5gのコラーゲンペプチド摂取が膝の怪我予防に役立つことを期待させる。その他、変形性膝関節症患者を対象とした臨床試験、筋肉や骨に対する知見についても補足する予定である。

筋膜(Fascia)の新たな理解と栄養学的アプローチ ~従来の「包む膜」から「能動的な生きたシステム」へのパラダイムシフト~ (天川 淑宏)

【タイトル】筋膜(Fascia)の新たな理解と栄養学的アプローチ ~従来の「包む膜」から「能動的な生きたシステム」へのパラダイムシフト~
【演者】天川 淑宏
【所属】東京医科大学八王子医療センター 糖尿病・内分泌・代謝内科
【抄録】

筋膜Fasciaは単なる「筋肉を包む膜」ではなく、筋力の30-40%を伝達する能動的システムであることが判明した。この「筋膜性力伝達」の発見は、身体運動の理解を根本から覆すパラダイムシフトである。
細胞レベルでは、繊維芽細胞と筋繊維芽細胞が同一細胞の異なる状態であり、正常時は9:1のバランスを保つ。しかし慢性炎症やストレスでTGF-βが過剰になると筋繊維芽細胞が増加し、筋膜の線維化・硬化により慢性疼痛が生じる。この変化は初期なら可逆的だが、進行すると不可逆的になる。
筋膜の健康維持には栄養が決定的に重要である。コラーゲン合成には特定のアミノ酸(グリシン22%、プロリン18%)とビタミンCが必須で、どちらが欠けても正常な筋膜は形成されない。現代食のオメガ6/オメガ3比20:1を理想の4:1に改善し、PRAL値マイナスのアルカリ性食品で組織pHを最適化することで、筋繊維芽細胞の過剰活性化を防げる。
本講演では、これらの知見を統合した「4週間筋膜改善プログラム」を紹介する。炎症制御、アルカリ化、抗酸化強化、習慣化の段階的アプローチにより、筋膜機能を最適化する実践的方法を提示する。「Fasciaと栄養」という新領域が、慢性疼痛治療と運動機能改善に革新をもたらす。

スポーツ選手のFascia異常に対する鍼・徒手・物理療法(銭田 良博)

【タイトル】スポーツ選手のFascia異常に対する鍼・徒手・物理療法
【演者】銭田 良博
【所属】株式会社ゼニタ 代表取締役 社長
【抄録】

スポーツ選手の痛みの始まりは、関節および内臓に解剖学的破綻をきたしていなければFascia異常が原因であることが多く、その場合のスポーツ競技のパフォーマンスはFasciaに対するパッシブリリースおよびアクティブリリース(鍼・徒手・物理療法)・セルフケア及び生活指導で改善すると私は考えている。Fascial Pain Syndrome(FPS)の評価の出発点は問診であり、初回治療前には主訴の時間変化・増悪因子・疼痛の質などを丁寧に拾う。次に、整形内科学的評価とエコー評価にてレッドフラッグを除外する。そして、解剖学(肉眼・機能)的視点でのエコー下触診・動作分析や整形外科テストを含む発痛源評価・そしてFasciaテスト(仮名)を行って、Fasciaリリース(鍼・徒手・物理療法)の適応と治療の組み合わせを検討する。疼痛部位がひとつでも、周辺関節や体幹・下肢など広範囲を評価する理由は、Fasciaが全身を貫くネットワーク構造であり、隣接組織の影響を受けやすく各スポーツ競技のパフォーマンスにも影響するためである。Fasciaの発痛源評価では、エコー下触診によるFasciaの肥厚・癒着像・滑走異常の描出、動作誘発痛、主動筋/拮抗筋の収縮パターン、体内の応力分散、過使用・誤用・不活動(overuse/maluse/disuse)によるストレス配分を丁寧に解析する。鍼・徒手・物理療法を単独または併用して施行する際には、あらかじめ治療後の生活指導・セルフケア・トレーニング方法をどうすると良いかを問診による情報を元に考慮に入れながら、治療部位の解剖学的構造と線維配向性、局所‐遠隔の連鎖性を踏まえて対象深度・手技方向を選択することが肝要である。