第8回学術集会・第6回日本ファシア会議に関する情報はこちら。
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【シンポジウム】 「プロ野球における多職種連携」プロ野球選手に対するアプローチ ~私はこう診てこう治す~
[会長講演] 2013年 東北楽天リーグ優勝・日本シリーズ制覇への軌跡 (田中 稔)
【タイトル】2013年 東北楽天リーグ優勝・日本シリーズ制覇への軌跡
【演者】田中 稔
【所属】JNOS会長・理事、仙台たなか整形外科スポーツクリニック 院長
【座長】
【抄録】
私は2009年から東北楽天イーグルスのチームドクターとして、コンディショニングチームのトレーナー(鍼灸師)や理学療法士と共に選手のサポートをしてきた経験から、プロ野球選手の治療、コンディショニング維持、障害の予防に対する多職種連携の重要性を実感しています。
震災後の2013年、「被災地の人達に勇気と感動を与える」ために戦った東北楽天イーグルスはリーグ優勝、日本シリーズ制覇を成し遂げますが、そこにはコンディショニングチームの活躍が不可欠でした。
シンポジウムでは、プロ野球選手の治療に携わる現役の東北楽天イーグルスのトレーナーと理学療法士に選手に対する治療の考え方や実際の手技について、また元プロ野球選手には楽天日本一に貢献し実際に治療を受けた経験から、どのような施術が有効であったかなどについて選手の立場から講演していただきます。その後多職種連携の重要性と治療のポイントなどについて総合討論を行い、今後の診療に役立つ情報を提供します。
【一般演題】
慢性疲労症候群・コロナ後遺症等のマクロ病態仮説および、「コリ物質流し」施術について
【タイトル】ファシアメモリー仮説:超音波ガイド下ハイドロリリースによる組織記憶のリセット機構
【演者】久保 恵子1) 2)、中村真悠子2)
【所属】合同会社幕張産業医オフィス1)、合同会社HSG R&R2)
【座長】
【抄録】
発表者は臨床研修後産業医として従事してきたが、2021年に長男がコロナワクチン後遺症となり治療法を模索する過程で、慢性疼痛等の改善にいくつかのエビデンスを有する「かっさ」に着目した。講習受講を経て2023年8月よりコロナ後遺症等の患者に施術活動を開始した。
同年11月、後頭部から頸部方向へ流す施術を行った際、患者が「ブレインフォグが首から下に流れ、急に頭がクリアになった」と述べた。これを機に、身体の臓器や組織のない「隙間」、つまりファシアが存在する箇所に物質が滞留して、症状を引き起こす可能性があると仮説を立てた。隙間を流すと症状が改善することに、再現性も認められた。この滞留物質を「コリ物質」と呼称する。ただしコリ物質のみでコロナ後遺症等の全貌を説明することはできないと考える。施術方法の見直しを重ね、「コリ物質流し」として一旦確立している。現在は、テラヘルツドライヤーと徒手を併用し、全身のコリ物質を腹部に集め、最後に腹部をほぐし排泄を促す施術を行っている。ドライヤー導入後、約9割の患者が効果を自覚している。テラヘルツ波については、理化学研究所らによりタンパク質断片化作用1)が、また産総研によりタンパク質表面の水和促進作用2)が報告されており、本施術効果の一因と推定される。
刺絡で抽出されるゲル状の血液様物質はコリ物質に相当すると考える。また、EAT療法は上咽頭に滞留したコリ物質を除去することで、圧迫の解除や迷走神経機能改善等をもたらす可能性があると考えている。さらに、コリ物質流しで到達困難な部位にはハイドロリリースや鍼治療等を併用することで、治療効果の増強が期待できると推定している。
コリ物質流しはコロナ後遺症等のみならず、これまで「原因不明」「心因性」とされた症状を改善させる可能性がある。今後、コリ物質の発生源が解明されれば、コロナ後遺症や慢性疾患の病態解明に新たな展望を開くと考える。
なお、コリ物質に係る病態仮説やセルフケア方法等を流布したく、共同研究者で慢性疲労症候群患者の中村と合同会社HSG R&R(Hematic Stiff Gelsis Remove and Recovery)を設立し、今後活動予定である。
【ランチョンセミナー】
ファシアメモリー仮説:超音波ガイド下ハイドロリリースによる組織記憶のリセット機構 (木村裕明)
【タイトル】ファシアメモリー仮説:超音波ガイド下ハイドロリリースによる組織記憶のリセット機構
【演者】木村裕明
【所属】医療法人ファシア研究会 木村ペインクリニック 院長
【座長】
【抄録】
背景と目的:慢性筋骨格系疼痛の治療において、従来の対症療法では根本的な解決が困難な症例が多く存在する。本研究では、超音波技術の進歩により同定可能となった副筋部位(accessory muscles:主筋に加えて存在する解剖学的変異筋)の臨床的意義と、ハイドロリリースによる持続的な治療効果を説明する新しい理論的枠組みを提案する。本発表では「ファシアメモリー」という新概念を導入し、組織が病的状態を「記憶」するメカニズムとその「リセット」の可能性について考察する。
方法:本研究は理論的考察であり、超音波ガイド下ハイドロリリースの臨床観察と、メカノトランスダクション(機械的刺激が細胞内シグナルに変換される過程)およびエピジェネティック変化(DNA配列を変えずに遺伝子発現を制御する機構)に関する既存文献の系統的レビューに基づいている。特に、腋窩弓と二頭筋三頭筋での臨床経験を参考に、観察された治療効果の分子メカニズムを理論的に構築した。
理論構築:副筋部位は従来の触診では発見困難であったが、超音波技術により系統的な検索が可能となった。これらの部位は「筋膜交差部」「筋-腱移行部」「深部筋膜層」「神経周膜周囲のファシア」など、線維芽細胞密度が高く、メカノトランスダクションが活発な部位に多く、「記憶の局在部位」として機能すると考えられる。ハイドロリリースによる機械的刺激は、細胞表面の力学的センサー(インテグリン)から細胞内シグナル伝達分子(FAK)を経て、遺伝子発現を制御する転写因子(YAP/TAZ)を活性化する細胞内情報伝達経路を刺激し、DNAメチル化パターンの変化を通じて炎症遺伝子の抑制と修復遺伝子の活性化を引き起こす可能性がある。この「ファシアメモリーリセット」により、組織レベルでの病的な記憶が健康な記憶に書き換えられ、長期的な治療効果が実現される可能性を理論的に説明できる。
考察と展望:本仮説は現時点では理論的提案の段階にあり、今後の実証研究による検証が必要である。しかし、Arnsdorf et al.(2010)による機械的刺激がDNAメチル化を変化させるという実証研究や、我々の臨床観察など、複数の科学的知見と整合性がある。今後、基礎研究と臨床研究の両面からの検証を進め、個別化治療への展開や東洋医学(特に鍼治療)との理論的統合など、新たな治療パラダイムの構築を目指す。
結論:ファシアメモリー仮説は、診断技術革新と理論発展の統合により、慢性疼痛治療における新しいパラダイムを提示する。この理論は、対症療法から根本的な組織状態の修正への転換を可能にし、個別化医療の基盤を提供する可能性がある。
キーワード:ファシアメモリー、ハイドロリリース、副筋、メカノトランスダクション、DNAメチル化、エピジェネティクス
【教育講演】
スポーツ選手のFascia異常に対する鍼・徒手・物理療法(銭田 良博)
【タイトル】スポーツ選手のFascia異常に対する鍼・徒手・物理療法
【演者】銭田 良博
【所属】株式会社ゼニタ 代表取締役 社長
【座長】
【抄録】
スポーツ選手の痛みの始まりは、関節および内臓に解剖学的破綻をきたしていなければFascia異常が原因であることが多く、その場合のスポーツ競技のパフォーマンスはFasciaに対するパッシブリリースおよびアクティブリリース(鍼・徒手・物理療法)・セルフケア及び生活指導で改善すると私は考えている。Fascial Pain Syndrome(FPS)の評価の出発点は問診であり、初回治療前には主訴の時間変化・増悪因子・疼痛の質などを丁寧に拾う。次に、整形内科学的評価とエコー評価にてレッドフラッグを除外する。そして、解剖学(肉眼・機能)的視点でのエコー下触診・動作分析や整形外科テストを含む発痛源評価・そしてFasciaテスト(仮名)を行って、Fasciaリリース(鍼・徒手・物理療法)の適応と治療の組み合わせを検討する。疼痛部位がひとつでも、周辺関節や体幹・下肢など広範囲を評価する理由は、Fasciaが全身を貫くネットワーク構造であり、隣接組織の影響を受けやすく各スポーツ競技のパフォーマンスにも影響するためである。Fasciaの発痛源評価では、エコー下触診によるFasciaの肥厚・癒着像・滑走異常の描出、動作誘発痛、主動筋/拮抗筋の収縮パターン、体内の応力分散、過使用・誤用・不活動(overuse/maluse/disuse)によるストレス配分を丁寧に解析する。鍼・徒手・物理療法を単独または併用して施行する際には、あらかじめ治療後の生活指導・セルフケア・トレーニング方法をどうすると良いかを問診による情報を元に考慮に入れながら、治療部位の解剖学的構造と線維配向性、局所‐遠隔の連鎖性を踏まえて対象深度・手技方向を選択することが肝要である。