一般社団法人 日本整形内科学研究会

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【オンライン抄録】第3回学術集会・第1回日本ファシア会議(2020年11月28日-11月29日) - お知らせ

順次、各演者の抄録を追加していきます。最終更新2020/11/15

第3回学術集会・第1回日本ファシア会議のプログラムはこちら。

Contents

1)2020年11月28日(土)第3回JNOS学術集会 【大会長講演・特別講演・教育講演・基調講演】

 [大会長講演] 整形外科学と整形内科学(洞口敬)

【タイトル】整形外科学と整形内科学
【演者】洞口 敬
【所属】JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授
【座長】吉田 眞一 (JNOS理事、よしだ整形外科クリニック 院長)

【抄録】

本講演では、現代の整形外科医の抱えるジレンマを通して、私が感じている整形内科学の存在意義を論じたい。私がスポーツ整形の診療や現場に携わってきた結果、Fasciaと整形内科学研究会に出会うに至った必然性と、スポーツ整形診療の必須要素が最近の整形外科診療における不足要素と気付いた軌跡を解説する。そしてこれらの要素は、まさに整形内科学(Fasciaの概念と運動器エコーと多職種連携、全人的視点)が力を入れている部分でもあった。Fascia×エコーは、従来は理解しづらいとされた患者の主訴を心から聞き入れることを可能にし、具体的な対応方法を拡張させていることを伝えたい。

整形外科学は、あらゆる運動器(身体運動に関わる骨・筋肉・関節・神経などの総称)疾患に取り組む診療科である。『L’orthopédie』 (Andry 1741年)は、曲がったものを真っすぐにする矯正の義orthoと、小児を表す義のpédieから合成された新語であった。ここに外科的義の語は含まれていない。その後短期間に、当初の定義よりもはるか広範に人体の変形および運動機能障害を取り扱う学問となり、用語と現状が解離してきたとされる。「整形外科学」という言葉は本邦において、田代博士(1904年現ドイツから帰国)により邦訳・命名された。ここでは、保存加療も手術加療も内包させる広義の意味を込める意図が“整”にあるとされる。それから100年余りが過ぎ、特に基幹病院以上の医療機関が整形外科医に求める役割は、標榜名の通り、外科としての手術数とその効率で病院に寄与することへと顕著化している。また、アカデミアの視点からは、手術は関節別の縦割りに専門分化し、これに対応した専門的人材を求める流れは変わらない。このような背景から田代博士の時代から変化した“最近の整形外科学診療”の不足要素を相補する内容こそが“整形内科学”なのであろう。この学問が、内容を明確に表した用語を掲げながら研究構築される必要性を、私は以前よりもさらに強く感じるようになってきている。

 [特別講演] 痛みとは-痛みの定義2020-(小幡英章)

【タイトル】痛みとは-痛みの定義2020-
【演者】小幡 英章
【所属】JNOS 理事、福島県立医大 痛み緩和医療センター 教授
【座長】小林 只 (JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師)

【抄録】

International Association for the Study of Pain(IASP)は、2020年7月に痛みの定義を改定し “An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage”とした。IASPの日本支部である日本疼痛学会は、この日本語訳を「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」としている。それ以前のIASP の痛みの定義は“An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage”である。新しい痛みの定義では、痛みを言葉で表現できない新生児、高齢者、ヒトでない生物の痛みも考慮していることが大きな変更点である。また、神経障害性疼痛や新たな痛みのカテゴリーであるNociplastic Painの概念も包括したものとなっている。しかし痛みの定義の本質は変わっておらず、痛み(Pain)とは「感覚かつ情動の不快な体験」であって、侵害受容(Nociception)とは全く異なる概念である。「痛み」治療に従事する側は、この違いを十分に理解する必要がある。

 [会長講演] 臨床・研究・教育現場における多職種連携について(木村裕明)

【タイトル】fasciaが紡ぐ臨床・研究・教育、そして多職種連携
【演者】木村 裕明
【所属】JNOS 会長・代表理事、木村ペインクリニック 院長
【座長】白石 吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長)

【抄録】

エコーガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)は主に生理食塩水を用い、神経周囲だけでなく、筋膜、血管周囲、腱、靭帯、脂肪体、関節包複合体などのfasciaを治療目標とする。この方法によって様々な難治性疼痛が治療可能になった。

今回は、以下について概説する。

  • fasciaは「ネットワーク機能を有する目視可能な線維構成体」である。具体的には、エネルギーの発生と伝搬、そしてネットワーク機能を有すること、そして「個体、液体、気体に続く、水の新しい形態(第4の層)」の生体内の機能が注目される。
  • US-FHRに関する概説、および類似注射手技であるハイドロダイセクション(HD)、神経ブロックとの差異と相補性について、そのメカニズムの解釈とともに概説する(参照 JNOSのHP)。
  • この観点で、Myofasical pain syndrome(MPS)からfascial pain syndrome(FPS)への概念の拡張と変換を述べる(参照:JNOSのHP

fasciaを基点として評価・治療において重要なことは、解剖と病態に妥協することなく追求した発痛源評価である。具体的には、整形学的検査、発痛時の動作分析、末梢神経分布、関連痛パターン、デルマトーム、Fasciatome、Angiosomeなど多様な観点から解剖学的に発痛源を推察した後、エコーでfasciaの重積像(Stacking fascia)を確認し、US-FHRを実施する。療法士は発痛源評価、用手的治療、動作指導・セルフケアを、鍼灸師は発痛源評価、鍼治療を、看護師はセルフケアと患者の心のケアを行う。

具体例としては、Thumb pain syndromeの概念の紹介と、具体的な評価方法と代表的治療手技を挙げる。この注射手技のうち、「ばね指」への適応、およびセルフケア(テニスボールを使った方法)について紹介する。

このように、エコー・解剖・動作分析等による共通言語を基にした多職種連携が、治療のスピードと精度を向上させる。今回は、当院における臨床・研究・教育の在り方と目標について紹介する。

 [教育講演1] 総合診療における整形内科学(白石吉彦)

【タイトル】総合診療における整形内科学
【演者】白石 吉彦
【所属】JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長
【座長】小林 只 (JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師),銭田 良博(JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長)

【抄録】

我が国では2013年の「厚生労働省 専門医の在り方に関する検討会報告書」をもとに総合診療医を19番目の専門医として養成することとなった。2018年4月より新専門医制度として総合診療専門医の専門研修が開始されている。総合診療医は日常的に頻度が高く、幅広い領域の疾病と障害などについて適切な初期対応と必要に応じた継続性が求められている。平たく言えば高血圧、糖尿病、高脂血症といった生活習慣病、小児を含む風邪や腹痛などの急性疾患にくわえて怪我、障害などの診療を行う。一方で国民生活基礎調査の有訴率のトップ3は、腰痛、肩こり、関節痛、と運動器疾患が占める。にもかかわらず、実際には運動器のプロである整形外科医は臨床医約30万人中、6%の約18,000人に過ぎない。この状況で日本中のすべての地域において整形外科医のみで、すべての運動器疾患を診療することは不可能である。しかも現時点ではこれら運動器疾患の中で手術が必要なものはごくわずかであり、むしろ多くの場合、整形内科的対応が求められている。特に整形外科へのアクセスが限られる地方で働く総合診療医は、“適切に”運動器診療をおこなう必要があると考えている。この“適切に”という意味は運動器のすべてを診る、すべてを完結するわけではなく、手術が必要な症例は的確に整形外科医へ紹介するということである。そのために総合診療医の基本的能力の一つである多職種連携をフルに発揮しながら、整形外科医やリハビリなどとコラボしながら運動器診療の体制を築く必要がある。

総合診療医が整形内科診療を行うにあたって大きな武器となるのが、エコー、ハイドロリリース、そして先にも述べたリハビリとのコラボである。もともと総合診療医は腹部エコーや心エコーなどでエコーに対する親和性があることが多い。運動器疾患の知識の習得は必須であるが、プローブを当てる部位を内臓から運動器へ変え、エコー解剖を理解すれば整形内科診療への大きな一助となる。また、近年進歩の著しいエコーガイド下ハイドロリリースを併用することで治療的診断を行うことができる。これはピンポイントのリハビリ指示につながり、時には逆にリハビリから治療ポイントのアドバイスをもらうこともある。エコー画像を共通言語として他職種と診断、治療目標などを共有することができる。

また総合診療医は病気だけでなく、本人の生活、時には家族、そして地域の問題に目を向ける。疾患、障害の原因が本人の生活や癖、習慣にないかどうかを常に考え、患者とともに症状軽減、再発予防のために生活介入を行っていく。そして我が国の多くの運動器疾患に悩まされている患者のためには、今後も他職種での勉強会や後進への教育を行っていくことが重要と考えている。

 [教育講演2] 若手医師に対する整形内科教育~症候学と発見の重要性~(並木宏文)

【タイトル】若手医師に対する整形内科教育
【演者】並木 宏文
【所属】JNOS理事、地域医療振興協会 十勝いけだ地域医療センター
【座長】小林 只 (JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師), 銭田 良博(JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長)

【抄録】

整形内科の診療は運動器疼痛や難治性疼痛をNon-surgicalに診療していくための手法すべてを活用する。その診療範囲の特徴として、横断的かつ相補的に他科・他分野と連携していくため、個人の診療範囲に限定されないことが挙がる(参照)。

その中、“個人の診療範囲を最大限に拡げる”ための学習プロセスの向上と教育者の育成が期待されている。これまで、初学者を「これから始める方、始めたばかりの方とし、経験年数0-3年の者」、中級者を「やり始めたけど、技術を向上させたい方とし、経験年数4-7年の者」、上級者を「一通りの診療はできるが、難治性の患者へあと一歩の治療を求める方であり、新規技術の開発・工夫、既存技術と新規技術を融合させたい方とし、経験年数8年以上の者」(参照)としてきた。

学習者の中には、当分野を学んでいくプロセスと、自身が積み重ねてきた経験自体に不安を感じていることが多い。つまり、「知らないことを学ぶ」ことへの不安である。一方で、教育者の中には、学習者が経ていくプロセスを漠然と認識していることが多い。つまり、「自分が実践していることの言語化、そして自分と相手の認識のギャップ」を知ることである。

本講演では、主な学習対象者を若手医師(特に総合診療医および整形外科)とし、「学習者が基礎とすべき“症候学の重要性”」と「教育者が再認識を要する “知る、学ぶ、発見する”」について示すことで、これからの整形内科学の発展と若手医師達の日常診療に貢献することを目指す。加えて、これら若手医師らに対する学習方法は、「新しいことを知り、学び、実践する」という一般化した学習プロセスとして、他科・他職種にも役立つものと期待する

 [基調講演1] リハビリテーションおよび鍼灸臨床現場における整形内科教育(銭田良博)

【タイトル】リハビリテーションおよび鍼灸臨床現場における整形内科教育
【演者】銭田 良博
【所属】JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長
【座長】辻村 孝之(フィジオ/滋賀医科大学附属病院 学際的痛み治療センター)、小林 只 (JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師)

【抄録】

急性期・回復期・生活期施設に従事するリハビリテーション専門職、特に整形外科クリニックに勤務する理学療法士は、日頃から“整形内科部門”を担当している。

リハビリテーション専門職や鍼灸師にとって、整形内科学を教育する上のポイントは「Fascia」「エコー」「評価」「多職種連携」である。これら4点を卒前教育と卒後教育、そして臨床現場での実践を橋渡しすることが重要である。

理学療法士は卒前教育において、「西洋医学的評価」と「多職種連携」の視点は学ぶが、「Fascia」と「エコー」を学ぶ機会は稀である。鍼灸師は卒前教育において、東洋医学的概念として経絡経穴を必ず学ぶが、「エコー」「西洋医学的評価」「多職種連携」を学ぶ機会は稀である。鍼灸師にはFasciaの中に経穴が存在する可能性が高いことを、エコー下で鍼刺激をして普段の治療時の深さにある鍼先の位置にFasciaがあることを一目見れば、今まで刺激していた経穴が実はFasciaであったことが理解しやすい。医師やリハビリテーション専門職もそれを見れば、鍼灸師が常日頃行っている鍼治療を西洋医学的に理解することができるので、鍼灸師との連携が促進される。当院では、理学療法士と鍼灸師の交流を促しながら、「Fascia」と「エコー」の共通言語を共に学び合い続けるアクティブラーニングを実践している。

リハビリテーション専門職や鍼灸師に対する整形内科学のアクティブラーニングは、卒後教育における臨床環境としてエコーを自由に活用できる環境が重要である。当院や連携医院リハビリテーション科には、必ずエコーが導入されている。具体的な教育方法を例示する。On the job trainingとしては、ベテラン理学療法士&鍼灸師の臨床現場で実践する整形内科学的評価(問診・触診・動作分析・整形外科テスト・エコー・Fascia発痛源評価)からFasciaリリース治療(運動療法・徒手療法・物理療法・セルフケア・生活指導)の実技を、新人理学療法士および鍼灸師スタッフが見学する(可能であれば、補助として電子カルテ入力などのクラーク作業を行いながら見学する)。治療院から様々な診療科医師への、医療保険による訪問治療の報告書および紹介のための情報提供書作成を行う。Off the job trainingとしては、週1回程、様々な分野の外部講師を招いた勉強会、他院の医師やリハビリテーション専門職との合同勉強会を行っている。さらには、学会や研究会での積極的な発表、セミナー運営にも関わり、自身の技術や見識の社会における位置づけを学ぶ。

整形内科学において、リハビリテーション専門職や鍼灸師は患者を治療・ケアしていくための最高のパートナーであることを、医師や他職種に啓蒙していきたい。そのためには、自分の職種に誇りと自信をもてるよう日々の研鑽が重要である。

 [基調講演2] 著作権を意識した解剖イラスト作成技術(黒沢理人)

【タイトル】著作権を意識した解剖イラスト作成技術
【演者】黒沢 理人
【所属】JNOS理事、トリガーポイント治療院 院長
【座長】辻村 孝之(フィジオ/滋賀医科大学附属病院 学際的痛み治療センター)、小林 只 (JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師)

【抄録】

昨今、オンラインセミナーやウェビナーを各団体・個人が開催することが増えている。これまで「オフライン」で開催されてきたセミナーでは見過ごされてきた諸問題が「オンライン」になることで表面化してきた。その一例として、著作権法等に違反した解剖イラストや解剖図の利用が挙がる。正しい著作物の利用方法を知らないと「意図せず」であっても著作権侵害による不法行為として、民事上のトラブル(例:損害賠償)に巻き込まれてしまう。

今回は著作物性(作品のオリジナリティ、財産権、人格権)に応じた、解剖イラスト作成技術として、以下第12回JNOSウェビナーをご覧頂いた上で、「作品のオリジナリティ」を尊重した作図方法の一例を紹介する。当日は、作図のライブデモも行う予定である。

参考:JNOS学術局長・小林只「第12回JNOSウェビナー:オンラインセミナーおよび研究発表のための資料作成術~著作物のライセンス検索技術、著作物性に応じたリライト技術を中心に~」2020年8月22日. 概要・報告書はこちら。 Youtube動画はこちら(該当部は51:04~)

 [基調講演3] エコ-描出技術の一般化を目指した学習方法~医師と理学療法士の連携を目指して~(永野龍生)

【タイトル】エコー描出技術の一般化を目指した学習方法~医師と理学療法士の連携を目的として~
【演者】永野 龍生
【所属】JNOS理事、永野整形外科クリニック 院長
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授)、山崎 瞬 (JNOS理事、NPO法人インクルーシブケア 代表理事)

【抄録】

新型コロナウイルス感染症は、人々の生活、医療機関の役割、患者さんの受療行動、セミナーの在り方などを変えてきた。しかしながら、どのような時代であっても、「高い診療技術」、「患者を治す・支えるというモチベーション」、「スタッフが安心して働ける状況」などの観点により医療現場は支えられている。

当院では、この時代に積極的に対応していくために、超音波診断装置(以下、エコー)の活用により上記観点のサポートを進めてきた。具体的には、エコ-の2画面動画(エコー動画と、プローブ操作や患者の姿勢などの外観動画が連動したもの)の作成、著作権等を適切に管理した上の解剖イラストの作成技術、そしてインターネットによる発信・情報共有である。これらを通じて、解剖・エコーの理解度を深め、Webセミナー時代におけるコンテンツ管理の見識を広げ、さらにはスタッフの協働作業というプロセスを通じて、院内のエコーを活用した診療技術および教育システムの一般化を目指している。

今回は、理学療法士を筆頭とした当院スタッフのモチべ-ション維持のために、臨床に役立つエコー描出技術のうち、誰にでもできる描出方法(一般化した学習方法)の例として、肩甲舌骨筋、前鋸筋、肩甲下筋の動画資料を提示する。

本発表が、当院スタッフの自信につながり、院内外の多職種連携を促し、さらにはWithコロナの時代における「共に学び続ける」ためのモチベーションを支える一助になれば幸いである。

 [基調講演4] 膝疾患に対するエコーガイド下Fasciaハイドロリリースの基礎(谷掛洋平)

【タイトル】膝疾患に対するエコーガイド下Fasciaハイドロリリースの基礎
【演者】谷掛 洋平
【所属】JNOS会員管理局長・理事、谷掛整形外科 副院長
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授)、山崎 瞬 (JNOS理事、NPO法人インクルーシブケア 代表理事)

【抄録】

運動器画像診断のゴールドスタンダードである単純レントゲン写真(以下、X-ray)は、骨組織以外の筋・腱・靱帯・神経・脂肪組織などの軟部組織の描出は困難であり、CT・MRIは骨組織以外の軟部組織の評価が可能ではあるものの、携帯性・被爆・コストの面から日常臨床における使用には制限がある。

近年の超音波画像診断装置(以下、エコー)の画質、携帯性の向上・低価格化に伴い、外来やベッドサイドにおける即時動態評価、即時診断だけでなく、病態によってはエコーガイド下注射等の即時精密治療が可能となってきた。

膝関節においても従来は見逃されやすかった軟部組織の動態を含めた病態がエコーで可視化されることで、関節外のエコーガイド下注射の治療効果が飛躍的に高まっている。今回、膝関節におけるエコーガイド下fasciaハイドロリリースを中心としたエコーカイド下注射の中でも日常診療で頻用する部位を中心に解説するが、治療部位を特定する診断能力はエコーガイド下注射の技術と同様に重要である。つまり、軟部組織を動態含めて詳細に可視化できるエコーもまた、X-ray、CT、MRIと同様に鮮明な画像であるが故に、可視化されていない隣接関節や体のアライメント等の対象関節以外の要素を意識させなくする要因になり得ることも忘れてはならない。

 [基調講演5] 腰殿部痛に対するエコーガイド下Fasciaハイドロリリースの実際(吉田眞一)

【タイトル】腰殿部痛に対するエコーガイド下Fasciaハイドロリリースの実際
【演者】吉田 眞一
【所属】JNOS理事、よしだ整形外科クリニック 院長
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授)、山崎 瞬 (JNOS理事、NPO法人インクルーシブケア 代表理事)

【抄録】

従来より単純X線検査、MRI検査による診断が腰痛疾患の主流とされ、殿部痛に至っては一部の梨状筋症候群以外はほとんど診断されていないことが一般的であった。しかし、最近の超音波診断学の進歩に伴い、脊柱管内病変を除けば一般整形外科外来の症例に対し多くの腰殿部痛に対する診断・治療が可能と考える。本講演では治療頻度の多い椎間関節、仙腸関節、坐骨神経などの超音波診断法とエコーガイド下fasciaハイドロリリースによる治療法の実際について紹介する。

2)2020年11月29日(日) 第3回JNOS学術集会【活動報告】

 [活動報告]

【座長】並木 宏文(JNOS理事、地域医療振興協会 十勝いけだ地域医療センター)

  • 学術局からの報告(担当理事)
  • 会員管理局からの報告(担当理事)
  • 関西エコー祭りの報告(担当理事)
  • 当会のシステム(ICT)紹介(担当理事)

3)2020年11月29日(日)  第3回JNOS学術集会【一般演題・指定演題】

 [一般演題] 

【座長】

洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授)
辻村 孝之(JNOS理事、フィジオ、滋賀医科大学附属病院 学際的痛み治療センター)

 [一般演題1] 頚椎症の診断後に慢性疼痛が2年経過しFascial Pain Syndromeが疑われた1症例(宮地祐太朗ほか)

【タイトル】頚椎症の診断後に慢性疼痛が2年経過しFascial Pain Syndromeが疑われた1症例
【演者】〇宮地 祐太朗、渡邉 久士、銭田 良博
【所属】株式会社ゼニタ

【抄録】

背景:今回、頚椎症と診断されたが、2年経過しても治癒していない症例を経験した。頚部周囲筋に対する運動療法のみでは、疼痛緩和が困難であったため再評価した結果、Fasciaリリース(徒手療法・鍼治療)と電気治療が必要と考えられたため、治療院を紹介したところ著効した。以下に、経過を報告する。

初期評価:頚椎症診断後、2年経過した時点で担当した。職業は調理師で長時間の立ち仕事であった。主訴は、長時間の立ち作業で材料を切るときや洗い物をする際に頚部~肩にかけて疼痛が強くなる。また、同部位に夜間痛があり痛みによって覚醒してしまう。職務中の疼痛および夜間痛の消失を目標に治療を実施したが、1カ月経過しても、運動療法による疼痛の改善はみられなかった。

再評価:介入1か月後に、再評価としてFasciaに対する発痛源評価を行ったところ、Superficial Back Line(以下; SBL)の圧痛、エコーにて左膝窩横紋(委中穴)から2横指近位でのFasciaの重積像が確認できた。よってFascial pain syndrome(以下; FPS)の可能性と、夜間痛による不眠状態からの自律神経系の異常を疑った。したがって、頚部~肩・腰背部・両下肢後面にイリス エスリークジェルを用いた徒手療法によるFasciaリリース、および鍼治療によるFasciaリリース、自律神経系に対する電気治療が有効と考え治療院を紹介し、翌月から整形外科と治療院を併用して治療を実施した。

整形外科と治療院での併用で2カ月経過した現在:併用による治療開始直後において、エコー評価によるFasciaの重積像(-)、SBLの圧痛(-)であった。また、併用治療2カ月後は、職務中の疼痛・夜間痛も消失した。しかし、現在も週末になると疼痛が再燃するため、今後も治療の継続が必要だと考える。

考察:日本整形内科学研究会は、「Fasciaとは、システム系、マクロ解剖臓器(構造)、そしてミクロ解剖の線維として、各組織や器官を繋ぎ・支え、知覚する線維構成体である。」と定義している。また、その代表格であるMyofasciaは構造保持機能に加え、刺激への侵害受容や深部感覚の伝達などに寄与しているとされている。そのFasciaに異常がみられる場合、組織の伸張性の低下、組織間の滑走性の低下、疼痛閾値の低下が生じる。本症例は、職務中の姿勢からSBLが常に伸張された結果、その周囲のFasciaに異常が生じたため疼痛が発生したのではないかと考えた。

結語:患者様の痛みをいち早く取り除くためには、初期評価の段階からFasciaを含めた全身的な評価が必要だと考える。

 [一般演題2] 整形内科学の観点を生かした鍼灸師の多職種連携治療の実践例(佐藤公一ほか)

【タイトル】整形内科学の観点を生かした鍼灸師の多職種連携治療の実践例
【演者】○佐藤公一1)、船橋徹至1)、銭田智恵子1)、逆瀬川雄介2)、渡邉久士2)、銭田良博1)
【所属】1)銭田治療院千種駅前 2)株式会社ゼニタ

【抄録】

「はり及びきゅうを行う施術所」の数は、2010 年に 21,100 件に達したとされる程、施術所の増加に伴い鍼灸師の数も10年程の間に3万人と増加傾向にあると報告されている。近年、本邦の医療では、安全で質の高い医療サービスを提供するために、多職種で実践されるチーム医療が推進されている。しかし鍼灸師は、多職種と連携をするという考えや、組織として働くという点においては不得手と考えられる。その理由としては、鍼灸師の卒前教育の段階で、多職種と連携して仕事をおこなうという概念が根付いていないという現実がある。そのため、独自の考えを持って開業する鍼灸師が増加し、医師や理学療法士との連携がうまくとれず、悩んでいる現状があると私は考える。

日本整形内科学研究会(以下JNOS)は、整形内科学について、「一般に手術によらない方法での運動器疼痛および難治性疼痛の診療とその研究を行う一分野」と定義している。整形内科学的治療を考えると、鍼灸師は自身の専門分野のみならず、医師・理学療法士やトレーナーなどの医療専門職との連携が、常日頃や今後医療において益々重要であると考える。JNOSで整形内科学を学ぶことにより、鍼灸師の卒前教育では学べなかった多職種との連携を習得することができると私は考える。

銭田治療院千種駅前からは、昨年度の第2回JNOS学術集会において船橋と筆者が症例発表を行った。また、JNOSセミナーの講師および講師アシスタント、WEBセミナーの事前準備・学習・運営、週一回の院内勉強会で症例検討・エコー評価・臨床的触診を社内で理学療法士と一緒に行なうことで、多職種に信頼される鍼灸師となれるよう日々研鑽を積んでいる。そして、本来の鍼灸師の強みである東洋医学と西洋医学の知識を生かし、内科・整形外科などの予防的治療に対応することが可能となる。

治療院には常にエコーが置いてあることから、整形内科学的評価やFasciaの発痛源評価をおこなう時だけでなく、鍼灸治療の適応と禁忌を確認するためにもエコーを活用し、なおかつ安全に鍼灸治療を行うように環境が整備されている。さらに、理学療法士が常に治療院にいるため、物理療法や運動療法との併用やセルフケアおよび生活指導の相談も行える。

本発表では、整形内科学の観点を生かした鍼灸師の多職種と連携するための実践例を報告する。

 [一般演題3] 第5中足骨骨折と外果骨折を受傷した患者のROM制限に対してFasciaに対する発痛源評価と治療を実施し改善した一例(濟藤惇ほか

【タイトル】第5中足骨骨折と外果骨折を受傷した患者のROM制限に対してFasciaに対する発痛源評価と治療を実施し改善した一例
【演者】〇濟藤 惇、逆瀬川 雄介、渡邉 久士、銭田 良博
【所属】株式会社ゼニタ

【抄録】

背景:右第5中足骨骨折と右外果骨折を受傷し、足関節および足趾のrange of motion (ROM)制限によって異常歩行を認めた症例に対し、理学療法を実施した。理学療法開始から11週目にて足関節ROM制限の改善が停滞したため、Fasciaに対する発痛源評価と治療を実施した。その結果、ROMおよび歩行が改善したので、以下に報告する。

症例提示:50代女性。診断名は右第5中足骨骨折(ジョーンズ骨折 zoneⅡ)と右外果骨折(Lauge-Hansen分類 SA型のStageⅠ)。段差を降段中、右足を内反する形で転倒し受傷。捻挫の既往はない。受傷時から5週間ニールスプリントで足底から固定し、両松葉杖で完全免荷歩行、2週間毎に荷重量を増やし8週後に全荷重で歩行開始。受傷6週目から運動療法を開始した。尚、患者様には書面にて本発表に関する同意をいただいた。

経過および考察:初期評価の足関節ROMは背屈0°/15°底屈45°/60°であった。運動療法開始から11週目の足関節ROMは、背屈10°/15°底屈60°/65°の状態で3週間変化がなかった。そのため、再評価としてFasciaに対する発痛源評価を実施した。
・触診:右外果後方に圧痛(+)、右外果周囲および右足背2〜5趾PIP関節周囲浮腫(+)。
・整形外科テスト:Windlass test(-)であるが小趾PIP関節周囲に違和感(+)、足関節の前方引き出しテスト(-)、intervention stress test(-)、 squeeze testは(-)、足趾伸展時にDIP関節背側の運動時痛(+)。右足背屈時に右距腿関節前方につまり感を訴えた。足趾のROMはMP伸展20°、IP伸展0°であった。
・足部エコー評価:右前距腓靱帯(ATFL)のfibrillar pattern不整、外果周囲浮腫像(+)低エコー像(+)であった。
・ADL:屋内歩行は可能であるが長距離歩行は足趾の伸展制限により困難であった。
評価結果から、ニールスプリントによる長期固定により特に第5中足骨骨折部位周囲のfasciaと連続している右小趾球Fasciaの伸張性が低下したため、筋や靭帯などの運動を制限しているのではないかと考えた。治療としてはATFL周囲、小趾外側周囲、足趾屈筋周囲のfasciaリリース、足関節背屈時の距骨後方滑りの誘導を実施した。その結果、足関節および足趾ROMの改善、距腿関節前方のつまり感の消失、歩行能力の改善をすることができた。

結語:受傷後11週目でFasciaの発痛源評価を行った結果、足関節ROMの改善、距腿関節前方のつまり感の消失、歩行能力の改善につなげることができた。本症例の経験により、受傷時より筋や靭帯などの軟部組織のみならず、Fasciaに関しても詳細な評価や治療を行うことが重要であると理解できた。

 [一般演題4] 後頚部圧痛、複視、めまいを呈し後頚部のハイドロリリースにて改善する症候群(井野辺純一)

【タイトル】後頚部圧痛、複視、めまいを呈し後頚部のハイドロリリースにて改善する症候群
【演者】〇井野辺 純一
【所属】井野辺病院 総合リハビリテーションセンター

【抄録】

目的:後頚部圧痛、複視、めまいを呈しハイドロリリースにて改善する症候群の存在を明らかにする。

方法:症例は7例。男1例女6例。 年齢は40から80歳(平均年齢68歳)。全例めまいを訴え外来を受診。全例に後頚部に圧痛あり。めまいは非回転性6例、回転性1例で体動時に生じた。全例両下肢の脱力感や下肢の重たい感じを訴えていた。7例中4例で複視を認め全方向性であった。頸部の圧痛部位の筋肉をエコーにて同定しその筋膜や筋肉内に生食と麻酔液の混合物(生食9ml+1%リドカイン塩酸塩1ml)を注射しその前後で症状の変化を観察し、眼瞼直径測定、眼振計にて眼球運動検査、重心動揺計にて平衡機能検査を施行した。

結果:後頚部の圧痛部位はエコーにて上頭斜筋、下頭斜筋などの後頭下筋群、頭半棘筋と推定された。ハイドロリリース直後から全例後頚部の圧痛、めまい、両下肢脱力感、複視の改善を認めた。眼瞼直径は増大傾向にあり、眼球運動はsaccadic eye movement(SEM)を認め、注射後にSEMの改善を認めた。重心動揺計にてロンベルグ率の改善を認めた。

結論:後頚部の圧痛、めまい、複視を訴える症例の中にSEMを認め後頚部のハイドロリリースにて改善を認める症候群が存在する。後頸部に眼球運動と関係する筋肉やファシアが存在する可能性と後頚部筋肉が立位時のバランスに強く関与している可能性が示唆された。

 [一般演題5] 癒着モデルラットに対するハイドロリリースの影響(嘉摩尻伸ほか)

【タイトル】癒着モデルラットに対するハイドロリリースの影響
【演者】○嘉摩尻伸1.2)、森拓也3)、額賀翔太3.4)、後藤淳1)、岡田圭祐1)、工藤慎太郎5)、河西謙吾5)、西田亮一1.6)、今北英高1)
【所属】1)畿央大学大学院 健康科学研究科、2)岸和田リハビリテーション病院 リハビリテーション科、3)奈良県立医科大学 医学研究科、4)阪奈中央病院 リハビリテーション科、5)森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科、6)高の原中央病院 リハビリテーション科

【抄録】

外傷や手術に伴う組織損傷の疼痛には様々な要因が絡み合うが、その一つにfascia由来の疼痛がある。本研究の目的は、皮膚から筋組織までを切開した癒着モデルラットを作成し、実験的に生理食塩水を用いたハイドロリリース(HR)を実施して、その影響を調査することとした。

Wistar系雄ラット6匹を用いた。Control(CT)群2匹とHR群4匹に分け、HR群には両側下腿部の表皮から約1cmの深さ(皮下組織、前脛骨筋の中間層)までを切開した後、縫合クリップで止め、3週間通常飼育を行なった。3週間後、癒着部に対して超音波エコーガイド下にて実験的HRを実施した。HR前後及び3日後に、モノフィラメントを用いたVon Frey testによる疼痛評価および超音波エコーを用いた術創部のfasciaの動きを、滑走係数を算出して評価した。また、術創部組織に対してCollagen type IやCD68抗体などを用いた蛍光免疫染色も実施した。

その結果、疼痛における50%閾値は、CT群と比較してHR実施前には低下傾向を示した。HR実施直後はさらに低下したが、次の日以降はCT群と同レベルとなった。術創の近位部と遠位部におけるfasciaの滑走係数は、CT群0.66に対し、HR前では 0.48であったが、HR実施直後では、0.68と上昇し、3日後では、0.46と低下した。また、ファシア内、特に筋周膜へのマクロファージの遊走も確認された。

本研究結果より、痛みの閾値はHR実施直後に低下したが、次の日からは上昇し痛みが緩和される傾向にあった。Fasciaの滑走性は実施直後から改善する傾向であったが、3日後には戻る傾向にあった。以上より、本モデルに対しHRは有効と思われるが、実施後にさらにfasciaの滑走性に対するアプローチが必要かもしれない。

『本研究は、2019年度 一般社団法人日本整形内科学研究会 研究支援制度(受託研究:JNOS201901)の助成を受けて実施した。ここに深謝いたします。』

 [一般演題6] 新しいFascia異常モデルの開発に向けて(寺山奨悟ほか)

【タイトル】新しいFascia異常モデルの開発に向けて
【演者】○寺山奨悟、後藤淳、岡田圭佑、嘉摩尻伸、白波瀬未萌、西田亮一、祐實泰子、今北英高
【所属】畿央大学大学院健康科学研究科

【抄録】

はじめに:運動器疼痛や難治性疼痛は、炎症や虚血が生じた皮下組織等において何らかの病態変化が生じ疼痛が惹起される。近年、これに対し超音波エコーガイド下Fasciaハイドロリリースが注目されている。難治性疼痛等は、Fasciaに何らかの異常が生じることが報告されているが、そのメカニズムは明らかにされていない。そこで今回は、皮下組織の炎症モデルラットを作成しFasciaに及ぼす影響を検討することを目的とした。

方法:Wistar系雄性ラットを用いて、生理食塩水、アジュバント、マトリゲル、混合物(アジュバント+マトリゲル)をそれぞれ下腿前面の皮下組織に注入した。生理食塩水群をControl群(;Con群)、アジュバント群(AJ群)、マトリゲル群(MG群)、混合群(AJ+MG群)の4群を作成した。皮下注射後、超音波画像診断装置を用いて対象部位の観察を行い、5週後に組織を摘出し、ヘマトキシリン&エオジン染色を用いて形態学的分析を実施した。本実験は、畿央大学動物実験委員会の承認を得て実施した(承認番号:H30-09d)。

結果:MG群、AJ群ではCon群と比べ、皮下組織に広範囲の組織変化が生じ、特にAJ群において多数の核の発現が観察された。AJ+MG群では、AJ群と比較すると組織変化が低範囲となった。超音波エコーでは、AJ群およびAJ+MG群においてCon群と比較し皮下に高輝度の組織変化が描出された。

考察:アジュバントは、筋炎モデルに用いられるなど炎症を惹起させることを特徴としている。核の発現が認められることからマクロファージの増殖・浸潤が推察され、アジュバントが皮下組織に対し炎症を惹起させていることが考えられる。本実験において、Fasciaに対しての異常所見が認められた。この所見をもとに、さらに組織学的・生化学的検討を行うことで詳しい知見が得られ、臨床的側面の検討へと展開できると考えられる。

『本研究は、2019年度 一般社団法人日本整形内科学研究会 研究支援制度(受託研究:JNOS201901)の助成を受けて実施した。ここに深謝いたします。』

 [指定演題] 

本指定演題は、2020年度 一般社団法人日本整形内科学研究会(JNOS) 研究支援制度で受賞した方々による発表です(プロトコールなど計画および進捗状況の発表)。

【座長】
小林只(JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師)
今北英高(JNOS学術局基礎研究部門長・理事、畿央大学大学院 健康科学研究科教授)

 [指定演題1] 関節内組織が膝前十字靭帯損傷の治癒メカニズムに及ぼす影響(金村尚彦ほか)

【タイトル】関節内組織が膝前十字靭帯損傷の治癒メカニズムに及ぼす影響(Influence of intra-articular tissue on the healing mechanism of anterior cruciate knee ligament injuries)
【演者】〇金村 尚彦1)、加納 拓馬1)、村田 健児2)、森下 佑里3)
【所属】1)埼玉県立大学大学院 、2)埼玉県立大学、3)東京家政大学

【抄録】

前十字靭帯(Anterior cruciate ligament; ACL)損傷は、膝関節外傷として発生頻度が高く、若年から中高年世代にも患者層が広がっている。現在のACL損傷に対する治療法としては外科的再建術がゴールドスタンダートとなっている。背景にはACLの治癒能力の乏しさが影響している。損傷したACLが治癒しない原因として、この靭帯が関節液に満たされた関節内に存在するために、治癒に関与する鋳型が形成されない、コラゲナーゼの活性低下、不十分な血液供給など数多くの関節内因子が報告されてきた。申請者らは、靭帯損傷により関節不安定性が生じるが、この異常運動を制動するラットモデルを開発し、関節運動を正常化し運動することで関節内の治癒反応が促進され、損傷靭帯が自己治癒することを立証した。本研究助成金により、ACLの治癒に至るメカニズムを明らかにするために、靭帯の損傷急性期から増殖期における関節内の分子生物学的動態について、網羅解析を行うことにより、損傷ACLの治癒メカニズムに関連する因子の探索を行う。Wistar系雄性ラットを対象に、ACL損傷群、ACL自己治癒群に分け、ACLや滑膜、脂肪体を採取し、MicroArrayを実施する。また得られたデータからPathway解析を行う。ACL切断モデルとACL自己治癒モデルの間において、治癒関連因子および炎症系因子の遺伝子発現量の違いを明らかにできるのではないかと予想している。損傷したACLが治癒に至るまでのメカニズムを解明し、将来的に臨床において保存的治療法における基礎的知見を得ることを目標とする。

 [指定演題2] 変形性膝関節症モデルラットにおけるFascia由来の可動域制限と低酸素の関係(工藤慎太郎ほか)

【タイトル】変形性膝関節症モデルラットにおけるFascia由来の可動域制限と低酸素の関係(Relationship between knee contracture and hypoxia-inducible factor in the fascia with knee osteoarthritis)
【演者】工藤慎太郎1)2)3) 、北野雅之2) 、北川崇2) 、川畑浩久1)2)
【所属】1) 森ノ宮医療大学 インクルーシブ医科学研究所、2) 森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科、3) アレックスメディカルリサーチセンター

【抄録】

変形性膝関節症(KOA)に対する治療において、膝伸展制限は関節の安定性を低下させるため、治療対象となる機能障害の一つである。一方、関節拘縮において滑膜の線維化が起こることが報告されてきたが、その分子メカニズムについての詳細は不明であった。Sotobayashiらは、関節不動化により低酸素状態で誘導される転写因子HIF-1の活性が上昇し、組織の線維化に関与するCTGFや新生血管形成を促進するVEGFの発現を誘導、滑膜組織の線維化が生じ関節拘縮が発生・進展することを見いだした。さらに関節不動化モデルに対して低出力超音波パルス(Low Intensity Pulsed Ultrasound 以下LIPUS)を照射することで、関節可動域制限の軽減と滑膜組織の線維化およびHIF-1を中心とした線維化関連分子の遺伝子発現も有意に減少することも示した。近年、このHIF−1はKOAの軟骨や滑膜においても発現することが知られている。我々は、臨床研究として、膝前面、および前内側に疼痛を自覚するKOAに対して、従来の運動療法に加えて、膝蓋下脂肪体にLIPUSを併用することで、疼痛や可動域制限が改善することを確認している。KOAの病態は関節軟骨の退行変性を基盤とした関節の疼痛や機能障害が中心となるが、これには滑膜組織や隣接する膝蓋下脂肪体の低酸素が病態として強く関与すると考えている。
そこで今回、KOAモデルラットにおける滑膜組織、膝蓋下脂肪体といったFasciaの病態変化と低酸素の関係を組織学・分子生物学的に検討することとした。当日は,これまでの研究と現在の研究プロトコールについて報告する.

 [指定演題3] 超音波診断装置を活用した触診実習および成績判定に関する研究(平山和哉ほか)

【タイトル】超音波診断装置を活用した触診実習および成績判定に関する研究
【演者】平山 和哉1)、阿部 玄治1)、銭田 良博2)、小林 只3)
【所属】1)東北文化学園大学医療福祉学部、2)株式会社ゼニタ2)、3)弘前大学医学部付属病院総合診療部

【抄録】

背景:理学療法士によるエコー活用は①理学療法対象者に対する機能評価(筋厚や筋腱の滑走性評価など)②体表解剖学や触診技術の教育に大別される。いっぽう、触診は理学療法士養成課程の必須カリキュラムの中にも含まれているが、その教育方法についての検証はこれまで為されていない。例えば、正確に触診が出来ているのか第三者が判断する基準は曖昧であり、教育現場において教員間で信頼性のある成績判定を行えているのか疑問の余地がある。

方法:以下3つの研究で構成される。

【研究Ⅰ】学生の触診の精度判定における従来法とエコー法の検者間信頼性検証
理学療法学生が触診の検者と被検者を持ち回りで行う。①検者学生は被検者学生の骨指標や筋の境界を触診し、直上に皮膚マーキングを行う。②教員数名が検者学生の触診精度を従来法とエコー法の2つの方法で判定する。従来法は、学生のマーキングの位置と教員の想定する位置との皮膚上の距離を測定する。エコー法は、画像上の骨指標や筋の境界の位置とマーキングの位置とのエコー画面上の距離を計測する。両法とも、距離が短いほど触診精度が高いという判定となる。教員による精度判定について、級内相関係数(ICC)と標準誤差を用いて,従来法およびエコー法の検者間信頼性を検証する。エコーは携帯性に優れ安価なポケットエコーmiruco(日本シグマックス株式会社)を使用する。

【研究Ⅱ】理学療法士の経験年数と触診精度の関連性の検証
研究Ⅰのエコー法を用いて、学生とPT現職者それぞれの触診精度を比較する。

【研究Ⅲ】エコーを併用した触診実習の教育的効果の検証(単盲検ランダム化比較試験)
学生が行う触診実習について、エコー使用群と非使用群とで教育効果を比較する。

進捗状況:COVID19感染拡大による遠隔授業の実施、学事日程の変更等で研究予定に遅延が生じている。プレ実験として研究Ⅰを少数の対象者で実施したが、想定より判定に時間のかかること、教員にも練習が必要であること、触診部位によってはエコー法による測定が困難であることなどが検討事項として挙がっている。

 [指定演題4] 自己修復ポリマーゲル(ウイザードゲル)を使った、エコーガイド下ファシアハイドロリリースの練習用筋骨格パーツモデルの作成(須田万勢ほか)

【タイトル】自己修復ポリマーゲル(ウイザードゲル)を使った、エコーガイド下ファシアハイドロリリースの練習用筋骨格パーツモデルの作成
【演者】○須田 万勢1)、渡邉 洋輔2)、貝沼 友紀2)、押本 康成3)
【所属】1)諏訪中央病院 リウマチ膠原病内科、2)山形大学 有機材料システムフロンティアセンター、3)ユシロ化学工業株式会社

【抄録】

(1)背景:近年、エコーガイド下ファシアハイドロリリース(Ultrasound-guided fascia hydrorelease: USFHR)の技術開発が進み、臨床現場で使用されている。初心者が実際の患者にUSFHRを行う前に、効率的かつ確実にUSFHRの技術を身につけるための練習用モデルの開発が求められている。
一方、近年の透明かつ形態記憶性のある自己修復性ポリマーゲル(以下、ウィザードゲル)の技術進歩により、切断した面が再接着し痕が残らないようなゲル素材が開発された。また、ゲルに混ぜる材料の調節を行うことで、ゲル自体の硬さや超音波透過性を調節することが可能となった。
さらに、三次元(3D)プリンティング技術の進歩により、心臓や肝臓のような人体の臓器の複雑な構造を再現できるようになった。しかし、ウイザードゲルを用いて実用に耐えうるUSFHR練習用モデルの 3D造形ができるかどうかの知見は乏しい。

(2)目的:上記のウィザードゲル技術と3Dプリンティング技術を統合することで、それぞれの組織(皮膚、皮下組織、筋肉、(A) fascia、血管、靭帯など)の超音波透過性が人体に類似した、注射針の刺入痕が残らない筋骨格組織モデルを作成する。

(3)方法:①使用材料の評価を行う:特に、超音波画像でのゲルの見え方と、針跡が刺入後に消失するかを確認する。②材料組付けを行い、試作3D造形を行う。③院内トライアルを行い、必要に応じて改良を行う。④各パーツ(肩、膝、腰など)につき、3Dモデル設計、機械物性試験を行う。

(4)結果:ウィザードゲルへの針の抜き差しの予備実験を進め、図のような手応えのある結果が得られた。しかし、注射針の刺し方によって刺入痕が自然に閉じるプロセスに差があり、刺入孔内に一部空気が残る現象が観察された。

(5)結論:ウィザードゲル技術と3Dプリンティング技術の統合による、USFHR練習用筋骨格組織モデルの開発に着手した。本研究にて作成されるモデルは、USFHR初心者の練習用など様々な用途に役立てられる可能性がある。

 [指定演題5] ハムストリング肉離れ既往における組織硬度と振動覚変化に対する評価の検討(河合智則ほか)

【タイトル】ハムストリング肉離れ既往歴における組織硬度及び振動覚の変化(Relationship between a previous muscle strain injury and tissue property /sensory function)
【演者】河合智則、髙本考一、尾藤何時夢
【所属】東亜大学人間科学部スポーツ健康学科柔道整復コース

【抄録】

背景:ハムストリングの肉離れはあらゆるスポーツ競技において共通する障害のひとつである。ハムストリング肉離れの既往歴を有する者は再受傷率が高いことが報告されているが、そのメカニズムは明らかにされていない。ハムストリング肉離れでは筋線維のみならずFasciaの微小損傷が生じていることが報告されている。Fasciaを含む筋構造の微小損傷は筋の過剰収縮をもたらし筋組織硬度が増加すると示唆されている。筋組織硬度の増加はその後の伸張性収縮による筋損傷の度合いを高めることから、ハムストリング肉離れ既往歴を有する競技者はハムストリング肉離れ受傷によりFasciaを含む筋組織の微細損傷が生じ、それが陳旧化し筋の硬化が生じる。そして筋の微小損傷が回復する前に運動負荷がかかることにより再受傷すると示唆される。またFasciaには振動覚、位置覚及び運動覚の深部感覚を含む感覚情報を受容するメカノレセプターが豊富に存在する。特に下肢の深部感覚とバランス機能には関連性があることが報告されている。以上から、ハムストリング肉離れ既往歴を有する競技者は筋膜の障害によるメカノレセプターの機能異常が生じ、そのため深部感覚が変化してバランス機能が障害されると示唆される。さらにバランス機能の障害は筋の過剰収縮をもたらし、筋組織硬度を増加させ運動による組織損傷の度合いを高めハムストリング肉離れの再受傷を誘発すると示唆される。しかし、ハムストリング肉離れ既往者を有する競技者の筋組織硬度、深部感覚変化、及び両指標間の関係性は明らかにされていない。本研究はハムストリング肉離れ既往を有するスポーツ競技者を対象に組織硬度ならびに振動覚の変化の関係性を検討した。

方法:被験者は男性プロサッカー選手でハムストリング肉離れの既往歴を有する8名、既往歴を有さない8名の計16名を対象とした。トレー二ング前に被験者の両側大腿後面の組織弾性率を組織硬度計により、振動感知時間を音叉により測定した。現在、データを解析中である。

 [指定演題6] 温熱刺激によるfasciaのエコー画像・fasciaの層別の温度・血流量・血管径の変化(渡邉久士ほか)

【タイトル】温熱刺激によるfasciaのエコー画像・fasciaの層別の温度・血流量・血管径の変化(Changing due to thermal stimulation in ultrasonography images of fascia, the layered temperature of fascia, and blood flow and blood vessel diameter)
【演者】渡邉 久士、銭田 良博
【所属】株式会社ゼニタ

【抄録】

背景:Fasciaに対する物理療法の研究は数少ないが、LamらがFasciaの組織弾性の要素の一つである粘弾性が温度に依存することを示している(Lam et al,1990)。本研究では、今後のFasciaに対する物理療法の臨床研究を行う上でのプラットホーム構築と定量化を目指し、今まで検討されなかったFasciaに対する物理療法の様々な効果を明らかにする礎となるような感性工学的研究を実施したいと考えている。

目的:
・Fasciaに対する温熱刺激の変化を明らかにするための指標となりうるかを検討する。
・温熱刺激の介入前後において、fasciaの層別の温度変化やエコードプラ画像による血流量・血管径の変化、せん断波エラストグラフィーによるFasciaの動態の観察と定量化を検討する。

方法:心臓および血管に既往歴のない男性12名を対象とする。被検者を腹臥位にして、高周波治療器にて超短波の温熱刺激による介入を行う。リターンプレート(対極板)は右大腿部に当て、右下腿中央で縦14cm×横7cmの範囲を周波数1000kHz、同一被検者で3日空けて Capacitiveモード10分とResistiveモード10分を各1回ずつ行う。実施前後15分間の両膝窩動脈の血流量・血管径・両膝窩部のsuperficial fasciaのエコー画像の変化、両膝窩の深部温を観察する。膝窩部を深部温度計にて1cmの深さの変化・足部の1cm深さの深部温と非接触式温度計で両膝窩の体表の温度・体表面の筋硬度と圧痛閾値を計測する。計測したデータは、エクセル統計で統計処理を行い相関の有無を検討する。

(使用機器)
・Sixtus社製高周波治療器テクノシックスRC
・伊藤超短波製筋硬度計OE-220
・超音波画像診断装置(エコー):日立製作所社製Noblus・コニカミノルタ株式会社製HS-1(どちらもリニアプローブ使用)
・非接触式温度計
・メムザス社製細径針型温度センサ 注射針27Gを改良(東北大学工学部芳賀洋一教授の製品開発)
・せん断波エラストグラフィー試作機(フィンガルリンク社と群馬大工学部山越芳樹教授との共同開発)

4) 2020年11月29日(日)  第1回日本ファシア会議

 [指定演題1] Fasciaに対する実態・言語・歴史(小林只)

【タイトル】Fasciaに対する実態・言語・歴史
【演者】小林 只
【所属】JNOS学術局長・理事、弘前大学医学部附属病院 総合診療部 学内講師
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授),銭田 良博(JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長)

【抄録】

Ferdinand de Saussure(1857-1913)曰く「人間は、記号という『概念の単位』により現実世界を切り分けている。」と、つまり異言語間の語の意味は一対一で対応しない(例:靱帯/間膜とLigament)。そして、解剖学的な境界、そして境界で区切られた構造物の名前は、観察者が恣意的に定めてきた(例:関節包複合体)。これは「虹は何色か?」という認識のように、観察者の言葉と認識に依存する。

Johan Huizinga(1872-1945)曰く「歴史は、過去に起きた、我々にとって重要な出来事の『解釈interpretation』である」と、つまり歴史とは「事実」ではなく「解釈」であった。

Frederic Wood Jones(1879-1954)曰く『人体解剖において、fasciaは本当の重要性および機能を無視して説明されるが、fasciaはそれ自体が有益かつ興味深く、 fasciaほど実地解剖学の研究で医学や手術へ実用的に貢献できる組織はない。』と、歴史的に「結合組織」は「その他」に分類され、単に構造を支持するだけの「不活性組織」と解釈されてきた。

近年はfascia/間質という言葉とともに「生きている臓器・組織」として、より具体的には「システム(系)『fascia system』、マクロ解剖の臓器(構造)『A fascia』、そしてミクロ解剖の線維『fibrils』として、各組織や器官を繋ぎ・支え、知覚する線維構成体という実態として再認識され始めた。

 [指定演題2] Fasciaの基礎と臨床(今北英高)

【タイトル】Fasciaの基礎と臨床
【演者】今北 英高
【所属】JNOS理事、畿央大学大学院 健康科学研究科教授
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授),銭田 良博(JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長)

【抄録】

Fasciaが大きく注目されはじめ、まだ10年も経っていない。

Fasciaは、機能面を重視した『fascia system』と、肉眼解剖の意味で捉えた『a fascia』、ミクロ解剖の意味での『fibrils』という概念に分けられる。そのfasciaには、『神経系;nervous system』にも似たネットワーク機能が存在し、『Fascintegrity(造語)』という構造学的意味を含む言葉まで造り出されるほどの身体支持性を有し、FasciacyteというFasciaそのものを生成する細胞まで発見されている。ミクロ解剖において、Fasciaを構成している大元は、線維成分としてのコラーゲン線維や弾性線維、基質成分としてのグリコサミノグリカンやヒアルロン酸、そしてそれらを生成することの出来る線維芽細胞などである。

本演題では、Fasciaの基礎と臨床と題し、上記したミクロ解剖から機能解剖におけるFasciaの有する能力と、それに関連する研究内容を紹介していく。

 [指定演題3] エコーガイド下Fasciaハイドロリリースの最新知見(木村裕明)

【タイトル】エコーガイド下Fasciaハイドロリリースの最新知見
【演者】木村 裕明
【所属】JNOS 会長・代表理事、木村ペインクリニック 院長
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授),銭田 良博(JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長)

【抄録】

整形外科、麻酔科、膠原病内科、神経内科、泌尿器科、歯科口腔外科、耳鼻咽喉科など多くの分野で原因不明とされてきた「痛み・しびれ」の一因として、fasciaに注目が集まってきた。

2014年に我々が考案したエコーガイド下fasciaハイドロリリースTM(US-FHR)は、多くの難治性症状を解決してきた。

Fasciaは全身を繋ぎ・支える線維性組織である。筋膜、靭帯、腱、皮下組織、末梢神経周囲・末梢神経内、動脈周囲、骨膜など、従来の疾患名に惑わされず「発痛源」としての解剖学的部位を探求してきた。そして新しい評価方法・治療部位を発見する度に、治る患者は増える。一方、未発見の治療部位は多く残されている。

今回は、私が当会で紹介してきた、腰痛・鼠径部痛、肘外側部痛(例:外側上顆炎)、下腿内側痛(例:シンスプリント)、下腿外側部痛、歯科領域の痛み(非歯原性歯痛の新分類の提案:木村、小幡 2019)、母指痛の包括的概念としてのThumb pain syndrome(木村、浅賀 2018)などに対して、新たに発見し有効性に確信を得ている治療部位に対するUS-FHRを紹介する。

その際の基本的考え方の一例として、付着部炎を挙げる。以下3つの観点で評価治療することが重要である。

  1. 付着部自体の治療
  2. 付着部に繋がる筋などの組織が機能できる環境の治療
  3. 関連痛の観点としての治療

上記1のみをステロイド剤などで反復治療が必要な場合は、2,3の評価治療を検討すべきである。

[指定演題4] Fasciaに対するエコーガイド下鍼治療(黒沢理人)

【タイトル】Fasciaに対するエコーガイド下鍼治療
【演者】黒沢 理人
【所属】JNOS理事、トリガーポイント治療院 院長
【座長】洞口 敬(JNOS 副会長・理事、日本大学病院 整形外科 診療准教授),銭田 良博(JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長)

【抄録】

エコーガイド下鍼治療(US-DN:Ultrasound-guided Dry needling)とは、発痛源となる筋膜、靭帯、神経周囲、血管周囲などのfasciaに対してエコーガイド下に鍼治療を行う手技である。従来の鍼治療と比較したメリットは以下である。

  1. エコーを用いることで鍼灸治療の適応か否かの判断が可能(例:断裂など構造異常、急性炎症などの病態)
  2. 発痛源への正確な刺鍼が可能
  3. 危険部位(例:胸膜、腹膜、末梢神経)を認識した上の刺鍼が可能
  4. 患者に鍼治療行為自体を見せることが可能
  5. 評価と治療部位を他治療者らと共有可能。

今回は、「US-DNの基本技術」と「fasciaと経穴(ツボ)との関係性」関して提示する。

 [指定演題5] Fasciaに対する運動療法の基礎(辻村孝之)

【タイトル】Fasciaに対する徒手療法と運動療法の基礎
【演者】辻村 孝之
【所属】フィジオ/滋賀医科大学附属病院 学際的痛み治療センター
【座長】白石 吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長)、黒沢 理人(JNOS理事、トリガーポイント治療院 院長)

【抄録】

リハビリテーション医学を基盤とした理学療法の代表的介入方法として、徒手療法、運動療法が存在する。ICF(国際生活機能分類)を踏まえ「生きることの全体」と「個別性」を重んじるリハビリテーション医学においても、ミリメートル単位までを意識した軟部組織の精密な局所評価により発痛源source of painを確認し、その背景に在る機能障害・悪化因子を評価し、組織や細胞に対する作用をイメージしながら理学療法を実施することは重要である。

理学療法分野における徒手療法は1900年代初頭にJames Mennell MDが理学療法士向けに書籍を出版しマニュアルセラピーmanual therapyという言葉を初めて使ったといわれており、今日に至るまで先人の英知ともいえる幾つもの「神経‐筋‐関節」の機能障害に対する徒手療法や分類に基づく理学療法が開発されている。

一方Fasciaは1788年に初めて解剖学用語として記述されたものの、その臨床的・解剖学的な重要性はあまり認識されていなかった。しかしながら、2018年にICD-11に新たな人体の基本構造物としてFasciaが追加され、その認知度が急速に広がりつつある。Fasciaは「ネットワーク機能を有する目視可能な線維構成体」であり「全身にある臓器を覆い、接続し、情報伝達を担う線維性の網目状組織。臓器の動きを滑らかにし、これを支え、保護して位置を保つ。」と表現されており、筋膜Myofasciaに加えて腱、靭帯、脂肪、胸膜・心膜など内臓を包む膜などの骨格筋と無関係な部位にも存在する。

今日まで「神経‐筋‐関節」の機能障害に対して、「神経」「筋」「関節」という各パーツに対して実施されてきた徒手療法や運動療法は、これらの構造の間をつなぐ存在、即ち「-」に相当する基本構造物であるFasciaの機能解剖学的意義を「神経‐筋‐関節」という関連性と繋がりにおいて再考される必要があると考える。

本講演では、徒手療法や運動療法に活かすFasciaの基礎研究の知見と、当会で提示しているfasciaリリースの分類である「直接法」と「間接法」のうち、直接法における徒手療法の整理を試みている途中の分類(例:筋収縮を使ったFasciaリリース、他動的Fasciaリリース、運動によるFasciaリリース、道具を使ったFasciaリリース)を紹介する。具体例としては、非特異的腰痛で重要とされる胸腰筋膜の評価とFasciaリリースを提示する。

本講演が、当会の目指す医師や理学療法士を含む医療者間のパートナーシップの向上、東洋医学と西洋医学の相互尊重、そして運動器疼痛患者やリハビリテーション概念を基盤に働く理学療法士の活動の一助になれば幸いである。

 [指定演題6] Fasciaに対する物理療法の基礎(銭田良博)

【タイトル】Fasciaに対する物理療法の基礎
【演者】銭田 良博
【所属】JNOS副会長・理事、株式会社ゼニタ 代表取締役社長
【座長】白石 吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長)、黒沢 理人(JNOS理事、トリガーポイント治療院 院長)

【抄録】

温泉は、世界中で好まれている。42℃前後の温泉に5分~15分程入ると、だんだんと全身が体表の皮膚から徐々に深層の軟部組織まで温かくなり、温まると軟部組織が徐々に柔らかくなる。そして、気分もリラックスする(自律神経系がコントロールされ精神的に落ち着く)。お風呂を出た後は喉が渇き、食事を美味しく食べることができ、消化・吸収・排泄機能も促進される。そして、温泉に入った夜はよく眠れるようになる。温泉に入ったことによる全身の温熱刺激はまさしくFasciaを温めている、とも言える。温熱刺激がFasciaの粘弾性を変化させる(=柔らかくする)という報告もある。

物理療法は、生体の適応と禁忌を考慮すれば誰でも安全に実施でき、その種類も多い。医療機関においては診療報酬が算定できる物理療法刺激もあり、体外衝撃波疼痛治療術・超音波による骨折または難治性骨折治療法、などがその例である。理学療法士が物理療法として扱う物理刺激には、温熱・寒冷・低周波・中周波・高周波・干渉波・マイクロカレント・超音波・レーザー・紫外線・イオントフォレーシス、などが挙がる。これらは、皮膚・筋・腱・血管・神経・リンパなどに影響し、疼痛緩和、炎症改善、創傷治癒、筋緊張緩和・筋力増強、自律神経系の調整などに役立つと報告される。

fasciaの観点では、コラーゲン線維の伸張性改善・血流の変化・浸透圧の変化、なども報告されているが、Fasciaに対する物理療法の効果を検証することは簡単ではない。その代表例は「Fasciaと他組織を如何に分離し、刺激を与え分けられるか?」である。例えば基礎研究としては、皮下や深部温および血流を、深さ(=層)を分けて計測できるデバイスを製作すること、Fasciaの硬さ(粘性、弾性、ヤング率、剛性率、歪み、せん断応力、圧縮応力、引張応力など多数の「硬さ」を分離評価する必要がある)を計測する装置を開発すること、せん断波エラストグラフィー機能があるエコーを用いてFasciaの動態解析をしながら研究すること、ラットを使った基礎研究を行うこと、などが挙げられる。臨床研究としては、刺激の種類自体は高い再現性がある研究プロトコルが作成できるという物理刺激の優れた特徴を活かした研究が進むことが期待される。

今回は、物理療法の種類と治療効果についての概説と症例報告に加えて、Fasciaに対する物理療法の基礎・臨床研究の未来について、感性工学的研究を行っている立場から提案する。

 [指定演題7] Fasciaに対するセルフケア・生活指導の基礎(山崎瞬 )

【タイトル】Fasciaに対するセルフケア・生活指導の基礎
【演者】山崎 瞬 
【所属】JNOS理事、NPO法人インクルーシブケア 代表理事
【座長】白石 吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長)、黒沢 理人(JNOS理事、トリガーポイント治療院 院長)

【抄録】

昨今の超高齢社会の進行に伴い、その対応策としてのセルフケアもあらためて見直されている。WHOでは「健康を促進し、病気を予防し、健康を維持し、医療提供者の支援の有無にかかわらず病気や障害に対処する個人、家族、コミュニティの能力」と定義されており、個人だけでなくその周囲の環境を含む概念であることが分かる。理想的な概念であるが、このような観点から患者のセルフケアにアプローチするとなると、一体どこを切り口にしてどのような方略でアプローチすべきなのか迷ってしまう。

Fasciaは既存の様々な痛みや症状に対するケア方法、治療方法について、職種を超えて統合していくことのできる概念である。患者の症状(外傷ではなく、機能障害としての範疇)は一定の期間を経て積み重ねて作られた状態であり、その構成因子は患者ごとに異なっている。また患者の年齢により、社会的役割や必要とする能力も異なるため、セルフケアの目標設定や方法の提案に大きく影響する。セルフケアにおける医療従事者の役割の要点は、悪化因子(身体、心理、生活)をいかにして分析し、患者が日常生活において実行可能な方法を提案できるかである。本演題ではFasciaの悪化因子をICF(国際生活機能分類)と時間軸から整理し、理学療法士の「生活機能をみる」観点からいかにして悪化因子を分析し、実行可能な方法を患者に助言できるかについて提案したい。

 [指定演題8] Fasciaに注目した手術手技(川島清隆)

【タイトル】Fasciaに注目した手術手技
【演者】川島 清隆
【所属】熊谷総合病院泌尿器科 泌尿器科長
【座長】白石 吉彦 (JNOS副会長・理事、隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長)、黒沢 理人(JNOS理事、トリガーポイント治療院 院長)

【抄録】

手術において「臓器を覆い、つなげるfascia」の意義は正しく認識されてこなかった。術者はこれまで“筋膜(術者が従来の手術解剖において認識してきた言葉としての“筋膜”)”、疎性結合組織、脂肪などを個別の構造体として認識し、特別の注意を払うこと無く切開、剥離、除去してきた。さらに前述の意味における“筋膜”は、確固たる膜様構造として認識され剥離のメルクマールとして利用される一方で、実際の手術では途中で不明瞭になり見失う、層間の剥離においていつの間にか別の層間に入ってしまう、術者間の認識が合致しないという曖昧さを含んでいた。

近年fasciaはコラーゲンなどの線維等で構成される立体的網目状構造(線維状構造)と理解される。そして線維の密度や配列、組成等を変え、疎性から密性の結合組織または脂肪組織を代表とするような多彩な表現型をとるとされている。構造にはgradient(傾斜)があり、変化は連続的である。代表的組織名称を与えられた構造が独立して存在するわけでは無いことの理解が重要である。細胞から連続し、臓器を覆うfasciaは、隣接する臓器との境界部で線維が密になり膜状の表現型をとると考えれば、前述した“筋膜”の曖昧さが良く理解できる。膜の解剖に意識の高い術者の間ではこれまでも2層の“筋膜”間を厳密に剥離する “fascial plane dissection”が行われてきた。互いに接する2層の“筋膜”間には牽引により疎な線維状構造が出現する。これは、2層のうち、より構造の弱い方の“筋膜”が破綻して線維状に現れると考えられてきた。そして、この線維の対側のfasciaへ付着する最辺縁部位を精密に電気メスで切断して剥離を進めることが最も正確な剥離となるとされてきた。“筋膜”という膜状構造としての理解から、立体的網目状構造である広義のfasciaへと認識を変えることで、本術式の本質の理解が深まり、剥離の精度は劇的に向上する。更に、近年は極めて正確に、かつ熱損傷を最小限に抑えて線維を切断できる新しい電気メスも登場し、より精度が高く、低侵襲な剥離が可能になった。

Fasciaは細胞に足場を与え、臓器を包み、隔てる構造であり、かつ臓器の形態を形成・維持し、身体を統合する重要なシステムである。この線維状構造の中へ“切り込む”ことは、fasciaの破壊と同義である。Fasciaの損傷を最小限に抑えること、fasciaの連続性を極力保つことが真に低侵襲で正確な手術の実現に繋がると考える。

Copyright , Dr. Kawashima (author)